大判例

20世紀の現憲法下の裁判例を掲載しています。

最高裁判所第一小法廷 昭和45年(オ)1175号 判決 1974年7月22日

上告人

東京芝浦電気株式会社

右代表者

土光敏夫

右訴訟代理人

鎌田英次

渡辺修

竹内桃太郎

被上告人

前田多津子

外五名

右六名訴訟代理人

小島成一

外四五名

主文

本件上告を棄却する。

上告費用は上告人の負担とする。

理由

上告代理人鎌田英次、同渡辺修、同竹内桃太郎の上告理由について。

論旨は、要するに、原判決の確定した事実関係のもとにおける本件各労働契約の法的性質は、反覆更新後も依然として二か月の確定期間の定めのある契約であり、ただ、被傭者において期間満了後の継続雇傭を期待することに合理性が認められる場合に該当するものとして、使用者のなす更新拒絶が信義則ないし権利濫用の法理によつて制約を受けるにとどまるものと解すべきであるのに、原判決が、これをあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存続していたものと判断し、更新拒絶を解雇と同視すべきものとして臨時従業員就業規則所定の解雇条項をそのまま適用した結果、被上告人らに対する本件各傭止めの効力を否定すべきものとしたのは、法令の解釈適用を誤り、事実認定に関する経験則違反、採証法則違反、審理不尽、判断遺脱、理由不備等の違法をおかすものである、というのである。

ところで、本件各労働契約締結及びその当時の上告会社における臨時工雇傭の実状について、原判決(その引用する第一審判決を含む。以下同じ。)が認定する事実関係は、次のとおりである。

上告会社は、電気機器等の製造販売を目的とする株式会社であるが、その従業員には正規従業員(本工)(昭和三七年三月現在四九、七五〇名)と臨時従業員(臨時工)の種別があり、後者は、基幹作業に従事する基幹臨時工(同じく一九、四六〇名)と附随作業を行うその他の臨時工(同じく一、四七〇名)とに分かれている。基幹臨時工は、景気の変動による需給にあわせて雇傭量の調整をはかる必要から雇傭されたものであつて、その採用基準、給与体系、労働時間、適用される就業規則等において本工と異なる取扱をされ、本工労働組合に加入しえず、労働協約の適用もないけれども、その従事する仕事の種類、内容の点においては本工と差異はない。上告会社における基幹臨時工の数は、昭和二五年朝鮮動乱を機として漸次増加し、以後昭和三七年三月までは必ずしも景気の変動とは関係なく増加の一途をたどり、ことに昭和三三年から同三八年までは毎年相当多数が採用され、総工員数の平均三〇パーセントを占めていた。そして、基幹臨時工が二か月の期間満了によつて傭止めされた事例は見当らず、自ら希望して退職するものの外、そのほとんどが長期間にわたつて継続雇傭されている。また、上告会社の臨時従業員就業規則(以下、臨就規という。)の年次有給休暇の規定は一年以上の雇傭を予定しており、一年以上継続して雇傭された臨時工は、試験を経て本工に登用することとなつているが、右試験で数回不合格となつた者でも、相当数の者が引続き雇傭されている。被上告人らは、いずれも、上告会社と契約期間を二か月と記載してある臨時従業員としての労働契約書を取りかわして入社した基幹臨時工であるが、その採用に際しては、上告会社側に、被上告人らに長期継続雇傭、本工への登用を期待させるような言動があり、被上告人らも、右期間の定めにかかわらず継続雇傭されるものと信じて前記契約書を取りかわしたのであり、また、本工に登用されることを強く希望していたものであつて、その後、上告会社と被上告人らとの間の契約は、五回ないし二三回にわたつて更新を重ねたが、上告会社は、必ずしも契約期間満了の都度、直ちに新契約締結の手続をとつていたわけではない。

以上の認定は、原判決挙示の証拠関係に照らし、すべて正当として首肯しうるところである。

原判決は、以上の事実関係からすれば、本件各労働契約においては、上告会社としても景気変動等の原因による労働力の過剰状態を生じないかぎり契約が継続することを予定していたものであつて、実質において、当事者双方とも、期間は一応二か月と定められてはいるが、いずれかから格別の意思表示がなければ当然更新されるべき労働契約を締結する意思であつたものと解するのが相当であり、したがつて、本件各労働契約は、期間の満了毎に当然更新を重ねてあたかも期間の定めのない契約と実質的に異ならない状態で存在していたものといわなければならず、本件各傭止めの意思表示は右のような契約を終了させる趣旨のもとにされたのであるから、実質において解雇の意思表示にあたる、とするのであり、また、そうである以上、本件各傭止めの効力の判断にあたつては、その実質にかんがみ、解雇に関する法理を類推すべきであるとするものであることが明らかであつて、上記の事実関係のもとにおけるその認定判断は、正当として首肯することができ、その過程に所論の違法はない。

そこで考えるに、就業規則に解雇事由が明示されている場合には、解雇は就業規則の適用として行われるものであり、したがつてその効力も右解雇事由の存否のいかんによつて決せられるべきであるが、右事由に形式的に該当する場合でも、それを理由とする解雇が著しく苛酷にわたる等相当でないときは解雇権を行使することができないものと解すべきである。ところで、本件臨就規八条は上告会社における基幹臨時工の解雇事由を列記しており、そのうち同条三号は契約期間の満了を解雇事由として掲げているが、上記のように本件各労働契約が期間の満了毎に当然更新を重ねて実質上期間の定めのない契約と異ならない状態にあつたこと、及び上記のような上告会社における基幹臨時工の採用、傭止めの実態、その作業内容、被上告人らの採用時及びその後における被上告人らに対する上告会社側の言動等にかんがみるときは、本件労働契約においては、単に期間が満了したという理由だけでは上告会社において傭止めを行わず、被上告人らもまたこれを期待、信頼し、このような相互関係のもとに労働契約関係が存続、維持されてきたものというべきである。そして、このような場合には、済経事情の変動により剰員を生じる等上告会社において従来の取扱いを変更して右条項を発動してもやむをえないと認められる特段の事情の存しないかぎり、期間満了を理由として傭止めをすることは、信義則上からも許されないものといわなければならい。しかるに、この点につき上告会社はなんら主張立証するところがないのである。もつとも、前記のように臨就規八条は、期間中における解雇事由を列記しているから、これらの事由に該当する場合には傭止めをすることも許されるというべきであるが、この点につき原判決は上告会社の主張する本件各傭止めの理由がこれらの事由に該当するものでないとしており、右判断はその適法に確定した事実関係に照らしていずれも相当というべきであつて、その過程にも所論の違法はない。そうすると、上告会社のした被上告人らに対する本件傭止めは臨就規八条に基づく解雇としての効力を有するものではなく、これと同趣旨に出た原判決に所論の違法はない。論旨はすべて採用することができない。

よつて、民訴法四〇一条、九五条、八九条に従い、裁判官全員一致の意見で、主文のとおり判決する。

(藤林益三 大隅健一郎 下田武三 岸盛一 岸上康夫)

上告代理人鎌田英次、同渡辺修、同竹内桃太郎の上告理由

上告理由第一点

原判決は、本件各労働契約及び傭止(以下更新拒絶ともいう)の法的性質について、法令の解釈・適用を誤つた結果、「判決に影響を及ぼすこと明らかなる法令の違背」を犯しているので、破棄を免れない。

(一) 原判決は、その一二丁裏三行目以下において「以上1・2認定にかかる事実関係からすると、原告(被上告人)らと会社との間の本件労働契約においては、契約期間を二カ月と定めた契約書が取かわされて」いた事実を確定しながら、「右期間満了時に右契約が終了すべきことは必ずしも当事者双方とも予期するところではなく、むしろ、会社としては景気変動等の原因による労働力の過剰状態を生じない限り契約の継続することを期待し、原告らとしても勿論引続き雇傭されることを期待していたものであつて、実質においては当事者双方とも期間の定めは一応あるが、いずれかから格別の意思表示がなければ、当然更新せらるべき労働契約を締結する意思であつたものと解することが相当」と解し、「そうだとすると本件各労働契約は、契約当初及びその後しばしば形式的に取交された契約書に記載された二カ月の期間の満了する毎に終了することはなく、当然更新を重ねて、恰も期間の定めなき契約と実質的に異らない状態で存続していたものといわなければならない」と判断しているのである。

(二) 原判決の右部分を一読すると、本件各労働契約締結の際の当事者の意思に関する事実認定の如くであるが、それは決して事実認定の問題ではない。

本件の如く、二カ月の期間の定めのある労働契約が二カ月毎に締結されてきた場合において(それは原判決の確定した事実である)、当該労働契約は依然として期間の定のある契約と解すべきか、或は期間の定めなき契約と同視してその法律関係を律すべきかという純然たる法律問題である。(こゝで法律問題とは、後述の如く「法令の解釈・適用」を指すことは勿論であるが、右引用部分が事実認定の範囲にとどまるとすれば、「経験則違反」を含む趣旨である)。そのことは、当該労働契約の期間満了時に最も顕著にあらわれるのである。

(三) ところで、民法第八節雇傭に関する各条項及び労働基準法においては、明文の規定をもつて期間の定めのある労働契約の存在を許容しているが、それらは単に一回限りの契約を予定した条項ではない。現に民法第六二九条は、期間の定めのある労働契約について黙示の更新がなされた場合には「前雇傭ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ雇傭ヲ為シタルモノト推定ス」となし、また、労基法第二一条但書も期間の定のある労働契約が期間を超えて契約されることを予定している。そして、それは単に法律上許容されているというだけではなくして、実社会に有効な制度として活用されてきたことは、裁判所に顕著な事実である。

(尤も、労働契約における期間の定めが専ら脱法を目的とするなど、公序良俗に違反するときは無効となることもあるが、原判決には、本件各労働契約における期間の定が公序良俗に違反しているとの説示はない)。

(四) これに対して、資本制経済機構の許における労働者の保護という見地から、期間の定ある労働契約が反覆締結されてきたような場合には、期間満了による使用者の一方的な契約終了になんらかの制約を設けるべきであるとなし、学説・判例によつて種々議論が重ねられてきた。(なお、期間中途における契約解除は民法第六二八条の明文の規定によつて「已ムコトヲ得サル事由」を必要とするため、期間の定なき場合に比し使用者に厳重な制約を課せられている)。

(1) まず、学説の中には本件の如き場合においては、期間の定なき契約に転化したものとして、契約の終了には解雇の意思表示を要すると解し、解雇に関する諸制約をもつて労働者を保護すべしとするものがある。(日本鋼管事件に関する東京地裁昭和四一年九月六日判決は六カ月の雇傭期間を例文と解し、期間の定のない契約と認めている)。

しかしながら、この見解は、契約更新の都度確定期限を確認して契約を締結してきた当事者の意思を全く無視するものであつて、前記民法第六二九条の法意に照しても、また社会通念に照しても到底組することができない。

(2) 判例の多数説は、期間の定めのある労働契約は期間の満了により終了すべきものとなし、それが反覆更新され(黙示の更新ではない)、被用者において期間満了後も使用者が雇傭を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には、使用者の更新拒絶は、実質上解雇と同視すべきであるから、その更新拒絶が権利の濫用乃至は信義則上許されないと評価されるときにのみ無効と解されるとしている。

この立場をとる判例としては

(イ) サッポロビール事件に関する東京地裁、昭和四四年八月一日判決(労働経済判例速報七〇二号二二頁以下)

(ロ) 八欧電機事件に関する東京高裁、昭和四三年三月一日判決(同速報六三三号七頁以下)

(ハ) 富士重工事件に関する宇都宮地裁、昭和四〇年四月一五日判決(同速報五七〇号一六頁以下)

(ニ) 三菱造船事件に関する長崎地裁、昭和三九年六月一二日判決(同速報五〇二号五頁以下)

(ホ) 三菱電機事件に関する神戸地裁、昭和三九年一月二九日判決(下級審労民集一五巻一号二六頁以下)

(ヘ) 川崎製鉄事件に関する大阪高裁、昭和三八年一〇月二三日判決(前記速報四八六号五頁以下)

(ト) 関西電力事件に関する大阪地裁、昭和三八年一〇月二三日判決(前記労民集一四巻四号七頁以下)

(チ) 愛三工業事件に関する名古屋地裁、昭和三六年二月二二日決定(前記速報三八八号二頁以下、但し、この決定では更新拒絶を解雇と同視できないとしながら、拒絶権の濫用は許されないとしている)

等があるのであつて、これらの裁判例は契約当事者の意思を正当に評価し、これに現行法制を適正に解釈・適用したものであつて、極めて合理的な判断とみるべきである。(なお、本件に関連する榎本、尾城、草地三名の地位保全仮処分事件につき横浜地裁、昭和三八年四月二四日決定も、同旨の立場から右申請を却下している)。

(3) このような中にあつて、原判決は前述の如く、「……本件各労働契約は契約当初及びその後しばしば形式的に取交された契約書に記載された二カ月の期間の満了する毎に終了することはなく、当然更新を重ねて、恰も期間の定なき契約と実質的に異らない状態で存続していたもの」と判断しているのであるが、本件労働契約の性質を如何に規定したのかまことに曖昧である。

(イ) 「契約当初及びその後しばしば形式的に取交された契約書に記載された二カ月の期間の満了する毎に終了することはなく、」との部分をみると、すでに契約当初から期間の定は形式であつて実質は期間の定なき契約であつたかの如く解されるが、それならば何故契約当初から期間の定なきものと断定しなかつたのか。それは契約当初においては期間を二カ月とすることについて事当者に明確な合意が存在したことを否定できなかつたからに相違ない。だからこそ、「及びその後しばしば取交された」事実を取上げざるを得なかつたのである。

(ロ) もし契約の反覆更新を取上げるのであれば、前述の学説がいうようになぜもつと明確に、期間の定なきものに変化(転化)したといわないのか。惟うに原判決がかく断定できなかつたのは、やはり本件各契約の法律的性格が、いつのときからか一変するという前記学説の論理に左袒できなかつたからに相違ない。前記学説の最大の弱点は、二カ月毎に契約を締結している場合に、いつから期間の定なき契約に変化したと解すべきかのそ時点の特定ができないところにあるからである。

(ハ) 原判決はまた、「……二カ月の期間の満了する毎に終了することはなく」と判断するが、当事者は二カ月毎に契約書を取交しているのに、なぜ「期間の満了する毎に終了することはない」といえるのか。期間満了の時点において、被用者が次期も更新されるであろうと期待することはあるとしても、契約期間の満了によつて契約が終了することはないと考える被用者は絶対にあり得ない。そのことは被用者たる被上告人らが、契約期間満了の都度会社との間で契約書を取交してきた事実(原判決の確定した事実)によつて明白である。

(ニ) さらに原判決は「……、当然更新を重ねて、恰も期間の定なき契約と実質的に異らない状態で存続していたもの」と述べているが、それは一体本件各労働契約の法的性格を判示したのか、或は単なる事実状態を述べたに過ぎないのか、まことに曖昧である。

しかし、前記引用部分を綜合すると、原判決は本件各労働契約は期間の定なきものに変化したとの法的評価を、かゝる曖昧な表現で述べているものと推察される。もし原判決が右判示部分をもつて、かく断定したものとすれば、それは本件契約当事者の意思を全く無視した判断であるばかりでなく、法律の解釈適用を誤つたものといわなければならない。

なぜならば、民法第六二九条第一項は期間の定のある契約において、黙示の更新がなされたとき、「前雇傭ト同一ノ条件ヲ以テ更ニ雇傭ヲ為シタルモノト推定ス」と定め、契約当事者の不明確な意思に対し明文の規定をもつて補充することにより法律関係の安定をはかつているのであるが、本件労働契約においては、当事者は契約書をもつて二カ月毎に確定期限を確認して契約を締結しているのであるから、右契約当事者の契約意思は極めて明確であり、他に明文の規定がない以上、裁判所と雖もそれと異る契約上の法的効果を付与することは許されないと解すべきだからである。それが、われわれの法律的確信であると共に国の法的秩序を維持する所以である。前掲(2)の(イ)乃至(チ)等多くの判例が、「ただ期間の定ある労働契約が反覆更新されたという外形的事実のみでそれが形式的であるとは断ぜられない」とか、或は「期間の定ある労働契約が反覆更新されることにより期間の定なき労働契約に転換する理由を見出し難い」と判示しているのもまさしく右の理由によるものと解される。

(五) かくみてくると、原判決の確定した事実のもとにおける本件各労働契約の法的性質は、期間の定ある労働契約が反覆更新せられたとしてもなんら内容に変更をきたすものではなく、依然として二カ月の確定期限の定ある契約であつて、ただ、被用者において期間満了後も使用者が雇傭を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合に該当すると解すべきである。それを「本件各労働契約……二カ月の期間の満了する毎に終了することはなく、当然更新を重ねて、恰も期間の定なき契約と実質的に異らない状態で存続していたもの」と判断した原判決は、法令の解釈・適用を誤つた違法がある。しかも本件各労働契約の法的性質をいかに判断するかによつて、本件傭止の意思表示の法的性質に根本的な差異をもたらすので、右違法は「判決ニ影響ヲ及ホスコト明ナル法令ノ違背アル」場合に該当する。

(1) 有期契約の反覆更新によつて法律上期間の定のない労働契約に変化したとするならば、その契約を終了せしめるために使用者は解雇の意思表示を必要とし、それは解雇権の濫用となつてはならないとの制約をうけることになるが、他方、有期契約の反覆更新によつて当該契約の法的性質に変化をきたさないが、被用者において期間満了後も使用者が雇傭を継続すべきものと期待することに合理性が認められる場合には、使用者のなす更新拒絶は信義則乃至は権利濫用の法理によつて制約をうけることになる。

(2) この解雇権の濫用と更新拒絶権の濫用はいずれも権利行使の障害となるべき法理という点においては共通であるが、その具体的な事実に対する適用面においては重大の差異がある。

(イ) まず、解雇権であるが、その行使の対象となる労働契約は期間の定がなく、将来に向つて(即ち、通常の場合停年まで継続する予定の)当該契約を終了させるという効果を意図するものであるから、解雇権の行使によつて喪失する被用者の利益はそれ相応に重大なものと解せられ、かゝる不利益を蒙らせるにふさわしい解雇理由の存在が要求される。通常使用者が就業規則において解雇すべき場合を定め(通常解雇と懲戒解雇とでは制度目的から制限の程度に差異があるが)、或は労働組合との間で解雇権の行使に関して事前協議約款を協定するなどなんらかの自己制限を課しているのは、解雇権の適正な行使を被用者に保障する趣旨に出たものである。

(ロ) これに対して、反覆更新された有期契約の更新拒絶は、元来、確定期間のある労働契約を対象とするものであるから、期間の定なき労働契約の解雇の場合に比し、被用者の蒙る損失には相応の差異があるとみなければならず、従つて、更新拒絶権の濫用を判断する場合と解雇権の濫用を判断する場合とではそこに自から差異があると解すべきである。その判断について一定の基準を設けることは困難であるが、前述の如く有期契約の期間は当然一つの基準となると考えられ、それと併せて当該有期契約締結までの経緯及びその後の反覆更新の事情等を綜合し、ケースバイケースで判断すべきものであり、被上告人等に対する傭止の理由を夫々異にするは勿論、契約の更新回数をも異にする本件において、原判決の如くこれを千篇一律に断定すべきものではない。前掲判例の中に、使用者の更新拒絶権行使の適否を信義則に基いて判断すべきものとするものがあるが、それはかゝる理由によるものと思われる。

原判決はこの点において明らかに判決に影響を及ぼすべき審理不尽を冒しているとも云うべきである。

(ハ) かくの如く反覆された有期契約の更新拒絶は、それが解雇と同視すべき場合があるとしても、その行使の当否を評価するに当つては信義則に照し、乃至は権利濫用の法理に則つて判断すべきものであるから、当事者間に格別の合意でもない限り、本工に関する就業規則の解雇条項を準用したり、或は臨時工に関する就業規則の解雇条項をそのまゝ適用して判断すべきではない。殊に臨時工に関する就業規則の解約条項は、期間中途における解約事由を定める場合が多く、かゝる場合には民法第六二八条の「已ムコトヲ得ザル事由」の具体化と解すべきであるから、更新拒絶の当否の判断にこれを適用することは、絶対に許されない。

(六) 然るに原判決は、その一三丁裏九行目以下において「成立に争のない乙第八号証の六の(イ)、同九号証の一〇・一三(被上告人らの勤務した柳町工場、堀川町工場、トランジスター工場の臨就規)によれば、臨時工に適用すべき臨就規には、原判決別紙記載の解雇事由が定められていて、このような場合解雇事由はこれに限定され、会社はこれに該当しなければ解雇しない趣旨に自ら解雇権を制限したものであるとみるべく、また理論上、右事由に形式的に該当するときでも、それを行使すること著しく苛酷にわたる等相当でないときは会社は解雇権を行使し得ないと解するのが相当である。」と判示して、本件更新拒絶の意思表示の当否を判断するについて、前記臨就規所定の解雇条項をそのまゝ適用しているのである。

(1) ところで、原判決の引用する臨就規の条項は次の通り定めている。

第八条 次の各号の一に該当するときは、これを解雇する。

(1) 死亡したとき

(2) 退職を願い出て承認されたとき

(3) 契約期間が満了したとき

(4) 業務上止むを得ない事情あるとき

(5) 心身の故障により、業務にたえられないと認められたとき

(6) 仕事の能率が著しく劣り、又は職務に甚だしく怠慢なとき

(7) 秩序保持上やむを得ない事由あるとき

第九条 前条第七号の秩序保持上止むを得ない事由とは次の場合をいうとして、(1)乃至(10)を定めている。

(2) このうち右第八条の第一号乃至第三号が何れも契約の当然終了の原因であつて解雇理由とするに由なき規定であることは、文理解釈上極めて明白である。これらの条項は、契約終了の原因を確認的な意味で宣言したに過ぎず、法律的な検討の不足からかゝる規定をおいたものと理解するのが社会通念というものである。原判決は、法令の解釈・適用を誤つた結果、本件各労働契約の法的性質を期間の定なきものと同視しようと急ぐあまり、経験法則に反して、右第八条第三号に格別の意味を見出そうとしているのである。

(3) 次に、右第八条の第四号乃至第七号及び第九条各号が、いずれも有期契約の中途における解約事由であることについては疑う余地がない。有期契約の中途における解約には被用者の利益保護という観点から法律は「已ムコトヲ得サル事由」を必要としているのであるから(民法第六二九条第一項)、右条項の適用に当つては、厳格な検討を要求されるのは当然であつて、それは、期間の定のない労働契約の解約の場合よりきびしい制約を課せられると一般に理解されている。

(4) このように、会社の臨就規第八条の第一号乃至第三号と、同条第四号乃至第七号、第九条とは、その適用の場を全く異にするにかゝわらず、原判決は本件各労働契約及びその更新拒絶の法的性質についての判断を誤つた結果、本件各更新拒絶の適否を右第八条第四号乃至第七条及び第九条各号を適用して判断しているのであつて、原判決はこの点において破棄を免れない重大な法令違背を犯しているといわなければならない。

(七) かゝる原判決の誤りは、会社における臨時従業員の法的性質を誤解した結果にほかならない。

(1) すなわち、原判決の確定した事実によると、会社が被上告人らを臨時従業員として有期の労働契約によつて雇傭してきたのは、経済界が不安定なため、景気の変動に伴う生産需給計画に備えて雇傭量の調節をはかる必要に出たものである。会社のように、国内向けは勿論国外向けに多品種の製品を大量に生産する企業においては、一定の限度までは雇傭量を恒常化することはできても、需給関係が安定していない経済界においては、それに備えて雇傭量を調整することは企業の採算上止むを得ないことであるから、そのために設けられた前述の如き臨時従業員の存在を理由なしとすることはできない。日本経済の構造上臨時工の存在を不当視できないことは、前記(三)の(2)に掲記した(イ)乃至(チ)の裁判例の等しく認めるところであり、原判決もまた会社の臨時従業員をもつて公序良俗に違反するものとまではきめつけていないのである。

(2) ところが、原判決が本件各労働契約につき、期間の定がないものに転化した如くに法的評価を下し、その雇止について全く解雇と同じ観点から当否を判断しているのは、前述の臨時従業員の発生理由を忘却し、単に被用者たる被上告人ら、労働者の保護を厚くすべきだとの発想に根ざしていることは疑いない。なる程、経済的弱者である労働者の地位は保護すべきであろう。現行法上許された範囲で、法令の解釈・適用によつて労働者の地位を保護することは裁判所に課せられた一つの重大な使命であるが、その保護は決して一方に偏つてはならない。

(3) 現行法制は、資本主義経済制を建前としているのであるから、その経済体制の許にあつては各企業の採算も最大限に尊重されなければならない。この企業の採算とそこで働く労働者の保護とは、法令の適正な解釈・適用によつて調和がはかられて然るべき道理である。その調和をはかる一つの方法が、会社における臨時従業員の処遇である。

(4) 会社は、臨時従業員に対し不測の不利益を蒙らせないために、当初から一定の確定した期間の労働契約を締結して雇傭すると共に、期間満了の都度、新たな有期契約を締結してきているのであつて、相手方労働者も、確定期限の存在をその都度承認して(ということは、生産の需給計画の変更等によつて、いつ期間満了によつて更新拒絶されるかわからんことも承知しているという意)、契約をしているのである。従つて、それが反覆更新されることにより、期間満了後も使用者が雇傭を継続するであろうと期待することに合理性が認められる程度に至つたときは、被用者のかゝる期待を保護する意味において、使用者の更新拒絶権行使にある程度の制限を加えてなるべくは契約の更新をはかるという考え方が出てくるのであつて、その程度のことであればそれは社会通念であり、現行法制下における法律常識として承認される理論構成といえよう。それを、労働者保護を重視するの余り、有期契約の反覆更新という事実によつて、「期間の定のない契約」という全く別個の法律効果を附与するという事になると、そこに論理的な飛躍があるばかりでなく、契約自由の原則を頭から否定するものとして、到底承認できないところである。

(5) 臨時工問題は古くして新しい問題である。臨時工の身分の安定は常に組合運動の一つの大きな目標とされてきたことも事実である。しかし、本来それは各企業の労使関係において自主的に解決せられるべき問題であつて、裁判所が安易に介入し、現行法制上の大原則をまげてまで一方の利益を偏重すべき筋合の問題ではない。会社においてもそうであるが、現に労働力の需給関係の変化によつて、一般に臨時従業員問題は大きく変容している。本工登用を前提としない労働者は集まらないのが最近の実情である。この資本主義経済制の実体を直視し裁判所はすべからく、現行法制の大原則に則つて本件更新拒絶の法的性質を論追していただきたい。

(6) なお、原判決は、その一一丁表一〇行目以下一一丁裏六行目までにおいて、会社における臨時工の雇用状況を認定し、ひきつづいて「その間の景気変動は臨時工の雇用量変動には必ずしも明確な影響を与えている様子はなく、むしろ景気変動と関係なく右のような増加の一途を辿つた傾向があること」と認定しているが、会社の如く大規模の企業にあつては、工場は各地に分散し、臨時工は各工場において製品毎の生産需給計画に基いて採用していることは、経験則に照して明白でありまた臨時工の他工場への配転はあり得ないことは原判決の確定した事実であるから、(原判決が引用する一審判決五四丁裏二行目から四行目)全社的な数字のみでかく認定することは採証の法則を誤つたものといわなければならない。しかも、本件被上告人らはそれぞれ雇止めの時期と理由を異にし、またトランジスタ工場、柳町工場、堀川町工場に分れて勤務していたのであり、しかも各工場は数千名の従業員を擁する大工場であるから、これら工場毎の実情を精査すべきである。後述の如く被上告人らの更新拒絶の理由において、臨時工の数が問題となる場合について原判決が各工場毎の実情を無視したことは、判決に影響を及ぼす重大な理由不備というべきである

上告理由第二点<省略>

自由と民主主義を守るため、ウクライナ軍に支援を!
©大判例